淡路人形座5月通常公演のご案内です。
本日より通常公演が『鬼一法眼三略巻 五条橋の段』・『傾城阿波の鳴門
順礼歌の段』に変わります。
●通常公演
 演目「鬼一法眼三略巻 五条橋の段」
  10:00~
  11:00~
●通常公演
 演目「傾城阿波の鳴門 順礼歌の段」
  13:00~
  14:00~
  15:00~
※11日のみ終日、演目「傾城阿波の鳴門 順礼歌の段」になります。
 鑑賞料:大人1,500円、中高生1,300円、小学生1,000円、幼児300円
 休館日:毎週水曜定休日
「鬼一法眼三略巻 五条橋の段」 解説・あらすじ
■解説
義経の生涯を描いた軍記物語『義経記』は、能や歌舞伎、人形浄瑠璃など、後世の様々な諸芸能の素材となりました。『鬼一法眼三略巻』は、この『義経記』の説話や、その他義経に関わる謡曲・古浄瑠璃などに取材した五段続きの時代物浄瑠璃です。平清盛の横暴に耐え、源氏の再興を志す人々の物語を各段に配し鬼一法眼と六韜三略の兵法の秘巻、弁慶の生い立ち、鞍馬山の天狗伝説などの内容を盛り込んで全段を構成しています。文耕堂、長谷川千四の合作で、享保十六年(1731)年、大坂竹本座で初演されました。「五条橋の段」はその五段目に当たり、有名な牛若丸と弁慶の出会いを描いた場面です。淡路人形が得意とする立ち回りの多い楽しい出し物です。
■あらすじ
今出川の兵法家鬼一法眼から六韜三略(兵法の秘伝書)を授かった牛若丸は、父義朝の追善供養のためと称して、夜な夜な五条橋に出て千人斬りを志しています。実は源氏の味方となる侍を探しているのです。その頃、比叡山にこもっていた武勇自慢の武蔵坊弁慶は、この噂を聞き、曲者をこらしめようと五条橋に出かけてきました。橋のほとりの柳の木陰に、高下駄を履き、女傘をさした人影が立っています。弁慶が通り過ぎようとすると、その人影は右に左に行く手をさえぎります。弁慶は得意の大薙刀を振り上げて打ってかかりますが、さんざんに翻弄されてしまいます。弁慶はついに諦めて曲者名前を聞くと、その若者は源氏の嫡流・牛若丸でした。弁慶はその場で家来となり、主従三世の契りを結んだのでした。
「傾城阿波の鳴門 順礼歌の段」 解説・あらすじ
■解説
「ととさんの名は十郎兵衛、かかさんはお弓と申します…」という順礼の娘お鶴のセリフがよく知られている『傾城阿波の鳴門』は、近松門左衛門の『夕霧阿波鳴門』を改作した近松半ニらの合作で、傾城夕霧とその恋人藤屋伊左衛門の話に、阿波の藩主蜂須賀家(玉木家)のお家騒動をからませた十段続きの時代物です。明和五年(一七六八)竹本座で初演されました。現在では八段目の「十郎兵衛住家(順礼歌の段)」だけが上演されます。盗賊の一味となっているために親と名乗れず、我が子を追い返す場面が最も有名で、涙を誘います。
■あらすじ 
十郎兵衛・お弓の夫婦は、徳島の玉木家の家宝国次の刀を探すため、大阪の玉造に住み、十郎兵衛は名前も銀十郎と変え盗賊の仲間に入っていました。お弓が留守番をしているところに手紙が届きました。十郎兵衛らの悪事が露見し、追っ手がかかったので、早く立ち退くようにとの知らせでした。お弓は夫の無事と刀の発見を祈って神仏に願をかけているところに、順礼の娘が訪れます。国許に残してきた自分の娘と同じ年頃なので、話を聞いてみると両親を探して徳島からはるばる旅をしてきたという身の上を語ります。両親の名前を聞いてみると間違いなく自分の娘であることがわかりました。今すぐに抱きしめ母と名乗りたい思いを抑え、盗賊の罪が娘に及ぶことを恐れて、国へ帰るように諭します。そしてこのままここにおいて欲しいと頼むお鶴を、お弓は泣く泣く追い返します。お鶴の歌う順礼歌が遠のくと、お弓はこらえきれずに泣き崩れるのでした。しかし、このまま別れてはもう会えないと思い直し、急いでお鶴の後を追います。
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