淡路人形浄瑠璃をもっと知ろう

淡路人形浄瑠璃―国指定重要無形民俗文化財

三番叟奉納

五百年の歴史を誇り、国指定重要無形民俗文化財でもある淡路人形芝居の由来は色々な説がありますが、鎌倉時代、淡路島に大阪四天王寺より舞楽など神事を生業とする楽人が移り住み、その後西宮の戎神社に属したエビスカキから人形操りの人気が高かったため神事を人形操りで行うようになったと考えられています。漁の安全と恵みを祈るものとして、また、家、土地、船を守り、神を讃える神聖な季節の行事として定着し、昭和初期までは、門付けの三番叟や戎舞が淡路の各家を回り神棚の前で幸せを祈っていました。元亀元年(1570)宮中紫宸殿で三社神楽を奉納した引田源之丞が綸旨を賜り従四位下に叙せられたと伝えられています。

淡路人形浄瑠璃

最盛期の18世紀初めには40以上の座本が覇を競い、人形役者が千人もおり淡路島のみならず日本全国を巡業し、各地に人形芝居を伝えました。大阪に出て「文楽」を創始した植村文楽軒も淡路出身です。文楽と異なり野掛け舞台だったため大きな人形、大きな動作となり、時代物を得意とし、早替りや道具返し、衣装山など淡路独特の演出や演技も派手でケレン味が尊ばれ、気軽に楽しめるという人形芝居本来の雰囲気を残した外題も多く、女性の座員も活躍する舞台は華やかです。

人間国宝 鶴澤友路

1964年に吉田傳次郎座の道具類を引き継ぎ、興行を始めた淡路人形座は常設館である淡路人形浄瑠璃館で毎日公演する一方、国内外への出張公演、学校への出張講座、小学校、中学校、高校、子供会活動の後継者団体への指導、全国の伝統人形芝居保存会への協力など、伝統人形芝居の普及、発展のための活動も積極的に行っています。座員の最高齢者は1998年に重要無形文化財義太夫節三味線保持者に認定された鶴澤友路を始め19名で、男性10名、女性9名が、美術品としても価値のある人形を三人で遣い、情感溢れる語りと重々しく響く三味線による伴奏が相まった俳優が演じる演劇以上に喜怒哀楽溢れる舞台を演じます。江戸時代の文化の華ともてはやされ、悲しいまでに人情の機微を謳い、哀歓の人間模様を生き生きと動き描く人形はまさに我々を夢の世界へと誘うものといえます。何世代もの人々の創意工夫が重ねられ、受け継がれた舞台芸術の粋をぜひご覧下さい。