海外公演の記録

海外公演の記録

海外公演歴 : 20回20カ国1地域、延べ31カ国2地域

1958年 ソビエト連邦 (2都市 23回公演)
淡路源之丞座を中心にメンバーを構成。三原高校の学生神代初美さんが、おかっぱ太夫と呼ばれ大人気となった。当時亡命をしていた岡田嘉子さんと滝口新太郎氏が通訳を担当。絵本太功記は、母親を殺す場面があるので人間的でないと上演が中止される。
1974年 アメリカ (16都市 23回公演)
1月26日から4月3日まで4カ月にわたる公演でボストンを皮切りに、ハワイまで。当時、アメリカで最も格が高かったカーネギーホールを満席にした。人形が盗まれ全米で報道されたことが宣伝にもなり、各地での公演チケットが売り切れた。日本国憲法の草案で男女平等の担当をしたベアテ・シロタ・ゴードンさんが企画。
1978年 フランス・スペイン (2都市 23回公演)
フランス・スペイン公演の様子フランス・スペイン公演の様子
三原高校の学生2名参加。経費は全額自治相が負担。国連本部やサロン・デ・ティネル(イザベラ女王とコロンブスが会見した場所)などで公演。
フランス・スペイン公演の様子フランス・スペイン公演の様子
1979年 イタリア (20都市 30回公演)
バリの影絵、ナポリのギニョール、シチリアのナイト、チェコ国立人形劇団と同じ舞台で共演
1979年 香港 (1都市 3回公演)
運動場で公演
1984年 オランダ・ベルギー (2都市 4回公演)
オランダ・ベルギー公演の様子オランダ・ベルギー公演の様子
ロッテルダムでのジャパンフェスティバルで江戸の街並みを再現し、そこでのワークショップもした。公演は文化会館。
オランダ・ベルギー公演の様子オランダ・ベルギー公演の様子
1986年 オーストラリア・ニュージーランド (3都市 25回公演)
オーストラリア・ニュージーランド公演の様子オーストラリア・ニュージーランド公演の様子
アデレード芸術祭に参加。イギリスの総督が観劇。兵庫県の姉妹州西オーストラリアパースとニュージーランドのウェリントンでも公演。
オーストラリア・ニュージーランド公演の様子オーストラリア・ニュージーランド公演の様子
1999年 台湾 (3都市 4回公演)
第一回雲林県国際人形劇フェスティバルで公演。全米で人気の番組を制作する霹靂人形劇団と交流会。
2001年 アメリカ (5都市 9公演)
アメリカウニマ(世界人形劇連盟)本部、ガラウテッド大学(ろうあ者の大学)などで公演。ボストンの日本人学校の校長が現在南あわじ市議会の森上祐治議員だった。
2002年 ポーランド (2都市 4公演)
ワルシャワ演劇大学の75周年記念世界演劇学校フェスティバルのゲストとしてレクチャー。アレッキン劇団の常設館でも公演。世界各国の人形劇大学や学科の学生と交流。
2003年 台湾  (1都市 3回公演)
国立台北芸術大学のシンポジウム「海のシルクロード」で、馬頭琴、二湖、三線、琵琶などの楽器の伝来と舞台芸術の関係などについて主にアジアからの学者と芸術家が集まった。
2004年 フランス・ドイツ (5都市 6回公演)
パリ兵庫県事務所開設10周年記念行事として、パリ日本文化会館、ケルン日本文化会館などで公演。パリ公演では開演前に井戸知事あいさつがあった。パリ公演は歌舞伎と同じ公演日だったが、二日で売り切れクレームが出た。
2009年 アメリカ・カナダ公演 (7都市 16回公演)
ニューヨークジャパンソサエティ主催。文化庁で航空運賃、アメリカ国内移動費など1000万円助成。西海岸2都市、東海岸5都市で公演。どこの会場も満席。特にニューヨークではチケットは発売同時に売り切れ。バンクーバーでは、南あわじ市出身のトリプルMハウジング社長上田和夫氏に観光や昼食のお招きをいただいた。コーネル大学の宗教学教授であるジェーン・マリー・ロー先生は自分の専門の淡路人形を自分の大学に招くという夢を叶えることができ、レクチャーの通訳を担当、自宅でのパーティーや和食の朝食までお招きいただいた。マサチューセッツ大学では、淡路で研修をした学生や先生と再会することもできた。ニューヨークジャパンソサエティでは、道具返しを上演したバジル・ツイスト氏と共演するなどこれまでの海外交流の積み重ねの結果を一番感じることができたツアーだった。
2013年 アメリカ (2都市 3回公演)
ワシントン州友好提携50周年記念事業訪問団としてシアトルのアレンシアターで公演。
州議事堂での記念レセプションに参加。戎舞を披露。
2015年 イタリア・フランス (2都市 4回公演)
イタリアミラノで開催された「ミラノ国際博覧会」の兵庫県プロモーションとして公演。
フランス、パリで観光PRに同行し公演を行う。